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カテゴリー:地下鉄サリン事件 18年目

地下鉄サリン事件 18年目 ブログトップ

聖路加(せいるか)病院が地下鉄サリン事件で行った対応について~18年目で事件を振り返る [地下鉄サリン事件 18年目]

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本日で地下鉄サリン事件から18年目となりました。

日本中を震撼させたあの事件について
備忘録として残しておきたいと思います。


1995年3月20日。

東京都の地下鉄で
宗教団体のオウム真理教が引き起こした
地下鉄サリン事件において、
被害を受けた多数の人々が助けを求めて
聖路加国際病院に殺到しました。

当初は
「地下鉄で爆発」「地下鉄車内で急病人」など
誤った通報が多く、サリンによる毒ガスが
原因であることはまだ判明してなかったそうです。

そんな中、自衛隊中央病院から駆けつけた医師が
聖路加国際病院に到着。

持っていた資料と患者の様子から、
化学兵器によるテロと判断し、
PAMや硫酸アトロピンの使用を進言して
早期治療に繋がったとされています。



本当に震えるくらい恐ろしい事件ですが、 被害を最小限に食い止めようとした方々が 存在することを忘れてはいけません。

下記はツイッターで「MIKITO_777」
という人がつぶやいたものですので
聖路加国際病院の対応などについて
関心のある方は一読下さい。

●今日で地下鉄サリン事件から18年経つんですね。自分の家族がサリンが撒かれた時刻に、ちょうど地下鉄で移動中で、乗っていた列車がサリンが撒かれて無人になっている駅を停車せずに通過していったという経験をしています。本当に恐ろしい事件でした


●サリン等の有機リン中毒にはPAMという薬を使用するが、普段使う薬ではないし、副作用もそれなりにある。地下鉄サリン事件当初、、何が起きているのか分からない混乱した状況でしっかりと有機リン中毒の診断を下し、PAMの投与を決断した現場医師の判断力は個人的にすごいなと思います。


●サリンの解毒に使うPAMという薬は作れば作るほど製薬会社が赤字になる。しかし住友製薬は住友化学が有機リン系農薬を作っているので、それで中毒が起きたときの解毒剤のPAMを作るのはグループ会社の義務だと赤字覚悟で作っていた。それがサリン事件で多くの人命を救った。素晴らしい精神だと思う


●地下鉄サリン事件の時、解毒薬のPAMは首都圏にあるだけでは全く足りなかったので、薬卸業者は社員を東京行きの新幹線に乗せ、新幹線の停車する各駅でその周辺でかき集めたPAMを受け取らせ、東京へ必要な量を運ぶという手段をとったらしい。素晴らしい機転と行動力だったと思う。


●地下鉄サリン事件で要請された患者全員を受け入れるという決断をした聖路加病院は、院長の日野原先生がかつて東京大空襲で病院に入りきらない患者が亡くなるのを見た苦い経験から、大災害に対応できる造りになっていたうえ、それに対応できる準備も出来ていた。そのことが多くの人命を救ったんだと思う


●地下鉄サリン事件の際、外来をストップして患者全員の受け入れを宣言した聖路加病院、有機リン中毒と見抜いて解毒剤PAMの投与を始めた医師、PAMの在庫を日本中からかき集めた薬卸業者、備蓄のPAMをすぐに提供した自衛隊。どれが欠けても被害はもっと大きくなったんだろうなぁ。


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